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福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)464号 判決

控訴人 阿部石材工業所こと 阿部利夫

右訴訟代理人弁護士 倉重達郎

被控訴人 豊浦信用金庫

右訴訟代理人弁護士 上野常一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決ならびに福岡地方裁判所小倉支部昭和四五年(手ワ)第二号、第一三号各手形訴訟の判決をいずれも取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係はつぎのとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、当事者の主張

1.控訴人の抗弁

(一)本件額面金一〇〇万円の約束手形

(以下、「本件(一)手形」という。)関係につき

(1)本件(一)手形の第一裏書は、同一人格者間のものであるから、無効であり、したがって、被控訴人は、同手形の正当な所持人ではない。

(2)仮にそうでないとしても、

(イ)本件(一)手形は、控訴人の訴外興和産業株式会社に対するいわゆる融通手形であり、被控訴人の同手形取得は、昭和四四年一〇月五日であって、それは、被控訴人の右訴外会社に対する同年八月二五日貸付の元本を金一〇〇万円とする金銭消費貸借債権を担保するためであったところ、当時、同訴外会社は、資金繰りに困却し、倒産寸前の窮状にあったのであるから、被控訴人の右手形取得は、無償でなされたも同然であり、被控訴人は、結局、同手形取得当時、控訴人を害することを知っていたものにほかならない。

(ロ)したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件(一)手形上の義務を負うものではない。

(二)本件額面金二〇〇万円の約束手形(以下、「本件(二)手形」という。)関係につき

(1)控訴人の前記訴外会社に対する本件(二)手形の振出し交付は、右訴外会社が昭和四四年八月一二日控訴人の同訴外会社に対する約束手形貸与方の依頼にもとづき、控訴人に対し、額面金一〇一万六、五〇〇円、支払期日同年一二月三一日、支払地振出地ともに下関市、支払場所被控訴金庫唐戸支店、振出日同年八月一二日、受取人控訴人なる約束手形一通および額面金九八万三、五〇〇円、支払期日、支払地、振出地、支払場所、振出日、受取人いずれも右同様なる約束手形一通を振り出し交付したことの担保(見返り)としてなしたものであって、それは、いわゆる融通手形の交換であった。そして、同手形交換にあたっては、右訴外会社と控訴人との間において、同訴外会社振出しの右約束手形二通の手形金は同訴外会社が、本件(二)手形の手形金は控訴人がそれぞれ支払うことにするが、それらの支払いは、一方がしなければ、他方もまたしないという内容の約定が成立していた。もっとも、右のような約定が明示的になされていなかったとしても、少なくとも黙示的にはなされていたし、そうでないとしても、前記のような融通手形の交換の場合においては、右のような商慣習があった。

(2)そこで、控訴人は、前記の額面金九八万三、五〇〇円の約束手形につき、訴外小林石材運送有限会社の裏書をえて、訴外株式会社西日本相互銀行から割引をうけたが、同手形の支払期日にその手形金が支払われなかったため、右有限会社から、同手形を買い戻した。

(3)かくして、控訴人は、現に右手形および前記の額面金一〇一万六、五〇〇円の約束手形を所持している。

(4)しこうして、被控訴人は、同年一〇月一三日の本件(二)手形取得当時、控訴人と訴外興和産業株式会社との間の前記融通手形交換ならびにこれに関する約定または商慣習および同訴外会社振出しの右約束手形二通が不渡りになるべきことを知っていた。

(5)したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件(二)手形上の義務を負うものではない。

2.被控訴人の答弁

(一)本件(一)手形関係につき

(1)前記の控訴人の抗弁(一)の(1)の主張は争う。訴外興和産業株式会社本店と同訴外会社下関支店とは、内部関係上、独立採算制を採っていたのであるから、本件(一)手形の第一裏書は、別人格者間の裏書となんら異なるところはない。

(2)(イ)同(一)の(2)のイの事実は、そのうち融通手形に関する事実は知らない。その余の事実は否認する。

被控訴人が本件(一)手形を取得したのは、昭和四四年八月二九日であって、同手形の第一裏書の日付の記載が同年一〇月五日とされているのは、被控訴人が右日付を補充した際の誤記にすぎない。また、右手形は、控訴人主張の被控訴人の債権とは全く別個に、被控訴人が現実に割り引き取得したものであって、いわゆる担保手形ではない。

(ロ)同(一)の(2)の(ロ)の主張は争う。

(二)本件(二)手形関係につき

(1)前同控訴人の抗弁(二)の(1)ないし(3)の各事実はいずれも知らない。

(2)同(二)の(4)の事実は否認し、同(5)の主張は争う。

二、証拠関係〈省略〉

理由

一、被控訴人主張の請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、控訴人の抗弁について判断する。

1.本件(一)手形関係

(一)控訴人は、本件(一)手形の第一裏書は、同一人格者間のものとして無効であり、したがって、被控訴人は同手形の正当な所持人ではないと主張する。そして、本件(一)手形の第一裏書が裏書人を訴外興和産業株式会社とし、被裏書人を同訴外会社下関支店としてなされていることは、前記のとおりであるから、同裏書は、同一の人格者間のものであることが明らかである。ところで、同一人格者間の約束手形の振出または裏書は、通常の場合行われないが、手形関係の本質からみてかかる手形行為をもって直ちに無効と解するのは相当でなく、本件につき右のような会社の本店と支店との間の裏書のなされた経緯を検討してみるに、〈証拠〉を総合すると、前記訴外会社下関支店については、当時すでに、支店の登記がなされていたこと、右訴外会社は、昭和四〇年九月一八日付の「差入証」と題する書面(甲第五号証)で、被控訴人に対し、同訴外会社と被控訴人との間の手形取引貸借その他一切の取引につき、同訴外会社側はその下関支店支店長花ケ崎実名義でこれをなすべく申し入れていたこと、そして、右訴外会社下関支店は、同訴外会社門司出張所をその管轄下に置き、従業員十数名を擁し、同支店専用の印判類を備え付け、同支店長花ケ崎実名義で、同支店の業務として、その営業上の取引をなし、または各種の契約を締結し、かつ、約束手形等の振出ならびに裏書などをなしていたものであって、控訴人も、右訴外会社との間の取引は、すべて同訴外会社下関支店との間の契約によったものであることをそれぞれ認めることができ、これによると、本件(一)の手形の第一裏書を目して無効となすことはとうていできないから、控訴人の右主張は、すでにその点において、理由がない。

(二)つぎに、控訴人は、本件(一)手形はいわゆる融通手形であり、担保手形であるところ、被控訴人は右手形の悪意の取得者であるから、控訴人には被控訴人に対する関係において同手形上の責めはないと主張する。そして、原審証人花ケ崎実は、右担保手形の点につき、原審における控訴人本人は、同じく被控訴人が本件(一)手形の悪意の取得者である点につき、それぞれ控訴人の主張事実に副う供述をしている。しかし、被控訴人が本件(一)手形を担保のために取得し、また、融通手形であることを知って取得したとしても(この事実を認めるに足りる証拠はないが)、このことをもって被控訴人が手形法一七条にいう本件(一)手形の悪意の取得者と解すべく法理は存しないから、控訴人の右主張は、理由がない。

(三)また、控訴人は、本件(一)手形は請負工事を施行しないときは返還する約束のもとに工事代金の仮払いとして振り出されたものであったにもかかわらず、その工事がついになされなかったものであるところ、被控訴人は同手形取得当時そのことを知っていたと主張する。しかし、控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)さらに、控訴人は、被控訴人は前記興和産業株式会社から提供をうけている担保物件で本件(一)手形金の回収を計るべきであると主張する。しかし、被控訴人にそのような義務のないことは、多言を要しないところであるから、控訴人の右主張は、理由がない。

2.本件(二)手形関係

(一)控訴人は、本件(二)手形の第一裏書は、被控訴人の強制によってなされたものであり、無効であると主張する。しかし、控訴人主張の強制の事実を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は、すでにその前提において、理由がない。

(二)また、控訴人は、前記興和産業株式会社は昭和四五年一月一二日破産宣告をうけ、被控訴人は同会社破産管財人から本件(二)手形の被控訴人への裏書譲渡行為を否認され、同手形の返還を訴求されているところ、被控訴人が同訴訟で敗訴するときは右手形の所持人としての地位を失うことになるのであるから、被控訴人の同手形についての本訴請求は失当であると主張する。しかし、この点に関する当裁判所の判断は、原審のそれと同一であるから、原判決理由中のその点に関する記載(原判決理由第二項の(四))をここに引用する。ちなみに、成立に争いのない甲第三号証および弁論の全趣旨によると、被控訴人は、山口地方裁判所下関支部に係属していた右約束手形返還請求事件につき、昭和四六年六月二九日、被控訴人勝訴の判決の言渡しをうけたことが明らかである。

(三)さらに、控訴人は、被控訴人は本件(二)手形取得当時控訴人主張の融通手形の交換ならびにこれに関する約定または商慣習および約束手形が不渡りになるべきことを知っていたから、控訴人は被控訴人に対し同手形上の責めを負うものではないと主張する。そして、原審における控訴人本人は、被控訴人が本件(二)手形の悪意の取得者であることにつき、控訴人の右主張事実に照応する供述をしている。しかし、この供述は、当審証人花ケ崎実、原審ならびに当審証人古谷修の各証言および弁論の全趣旨に照らして信用することはできず、当審における控訴人本人尋問の結果をもってしては、いまだ控訴人主張の被控訴人の悪意に関する事実を認めるに足りないし、他に同事実を認めるべき証拠はない。したがって、控訴人の右主張は、理由がない。

三、そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、本件(一)手形の手形金一〇〇万円およびこれに対するその支払期日の翌日である昭和四四年一一月二一日から完済まで手形法所定の年六分の率による利息ならびに本件(二)手形の手形金二〇〇万円およびこれに対するその支払期日の翌日である同年一二月三一日から完済まで前同年六分の率による利息を支払うべき義務があるものというべきであるから、控訴人に対し右各金員の支払いを求める被控訴人の本件各請求は、いずれも正当としてこれらを認容すべきである。

四、してみると、これと同趣旨の本件各手形訴訟の判決およびこれらと符合するものとして同各判決をいずれも認可した原判決は、いずれも相当であって、本件控訴は、理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第八九条にしたがい、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀川清 裁判官 桑原宗朝 富田郁郎)

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